2010年12月31日金曜日

今年一年、ありがとうございました

いよいよ2010年も終わろうとしています。今年2月に「江別小学校の統合問題を考える会」を立ち上げ活動をしていくなか、皆さまから様々なご意見を頂戴いたしました。活動の趣旨を明確化し、多くの方に参加いただくため「江別小学校を守る会」と改称いたしました。大晦日にあたり、今年一年の皆さまのご協力に感謝し御礼申し上げるとともに、来年のさらなる活動の広がりにご協力をお願いいたします。良いお年をお迎えください。

除夜の鐘は眞願寺 : http://www.singanji.com/
初詣は江別神社 : http://park19.wakwak.com/~e-jinjya/

2010年12月23日木曜日

開校百年記念誌 2

先日に引き続き、開校百年記念誌“百年と子ども子-百年に思う-”から子どもたちの作文を紹介いたします。

  ひゃくねんのおいわい      一ねん三くみ H.H
おとうさんは、えべつでうまれて、えべつしょうがっこうをそつぎょうしました。しんだおじいちゃんもえべつしょうがっこうをそつぎょうしたと、おとうさんにききました。おにいちゃんもそつぎょうして、いまは、ちゅうがく三ねんせいです。おねえちゃんは、えべつしょうがっこうの三ねんせいです。おかあさんだけ、えべつしょうがっこうでは、ありません。えべつしょうがっこうは、ひゃくさいのおばあさんみたいだと、おもいます。えべつしょうがっこうは、いつまでも、いつまでも、あったほうがいいとおもいます。

  開校百年に思う        四年二組 S.A
石かり平野のまん中にできた江別小学校が、もう、百年になりました。ぼくの年の十倍もの長い間、何人そつぎょうしたのだろうか、ぼくのお母さんもそつぎょう生の一人です。お母さんが小学校にいるころは、給食もなく、プールもありませんでした。だから、川で泳いで、とてもさむかったとおもいます。でも、今は、プールにうわやねがついてあたたかいです。そして給食もあります。どうしてむかしと今はちがうのかふしぎだと思いました。江小のじまんは、レンガのこうしゃと、とけいとうです。そして、開校百年になったということです。ぼくの江小へのねがいは二百年も三百年もいきのびてほしいことです。ぼくがこの学校に入学して思ったことは、ずいぶん古いなあということです。でも、今は、もう百年もたっているんだぞとみんなにいばれえます。そんな江別小学校で勉強できることがうれしいです。

2010年12月21日火曜日

「江小・三小地域協議会だより」第4号が発行されました

平成22年11月24日(木)に開催された第5回江別小学校・江別第三小学校適正配置地域協議会の模様が記載された「江小・三小地域協議会だより」第4号が発行され、本日、江別市教育委員会のホームページに掲載されましたのでお知らせいたします。以下のリンクよりご覧ください。対象校と両校区の自治会にはすでに配布・回覧されるいることと思いますが、改めてお知らせいたします。

江別市教育委員会

江小・三小地域協議会だより

※リンク先PDFファイルをご覧になるにはAdobe Readerが必要です、アドビ社のホームページで無償で配布されています。

2010年12月20日月曜日

第2回「江別小学校を守る会」ご参加ありがとうございました

昨夜、第2回「江別小学校を守る会」を開催いたしました。年の瀬のお忙しい中、お集まりいただいた皆さまありがとうございました。今回は現在までの地域協議会の経過を踏まえ、本地域(江別地区)より公共施設がなくなることで地域の衰退がますます加速するとの危機感から、“「学校施設」としての江別小学校を「萩ヶ岡」に残してほしい”との明確な意思統一を図るとともに、校区内外の地域の皆さまへの働きかけの強化や、署名などの具体的な活動を、年明けから行うことが確認されました。

2010年12月16日木曜日

開校百年記念誌 1

江別小学校は今年で開校124年になります。今から24年前の1986年(昭和61年)、開校100年を迎えたときの記念誌です。さすがに100年記念誌ともなると内容も充実しており、詳しい学校沿革や児童の寄稿も数多く掲載され、当時の隆盛を感じることができます。そのなかから、子どもたちの作文をいくつか紹介したいと思います。
 

  江小に はいって       一ねん二くみ Y.T
わたしは、いま、江小に、かよっています。
いまから、三十ねんくらいまえ、わたしの、おとうさんとおかあさんも、江小に、かよっていました。そのころも、いまとおなじ、あかいレンガのたてもので、いまとおなじ、ところに、たっていたそうです。そのころから、とけいだいのとけいは、いまとおなじように、くるっていたそうです。そのはなしをきいて、なんだかおかしいはなしだと、おもいました。でも、ことし、なおすことになったので、おかあさんもわたしも、うれしかったです。
わたしは、うんどうかいが、だいすきです。江小ひゃくねんの、うんどうかいは、たのしかったです。きょねんまでは、いとこのうんどうかいを、みにきていました。だけどことしは、じぶんがでれたので、うれしかったです。おとうさんとおかあさんのときは、せんせいも、せいとも、いまの二ばいくらいいてグランドは、ひとで、ひとで、いっぱいで、じんじゃ山の上でみていたひとは、山からころげおちそうなくらいだったそうです。わたしは、そのはなしをきいてびっくりしました。どうしてかというと、わたしのうんどうかいのときは、じんじゃ山からみているひとは、あまりいなかったからです。だからわたしは、しんじられませんでした。また、そのころは、うんどうかいは、たびをはいてはしっていたそうです。だからおひるまえは、まだ、たびはやぶれていなかったけど、おひるからは、ボロボロにやぶれて、あしのゆびは、とびでてしまうけど、そのままさいごまではしったそうです。わたしだったら、いたくてないてしまうとおもいます。だから、むかしのひとたちは、「つよいんだなあ。」と、おもいました。いまは、うんどうぐつやくつしたがあるので、よかったです。もし、わたしたちもたびだったら、わたしは、うんどうかいにでたくないとおもいました。むかしにうまれなくてよかったです。
九月に、江小まつりがありました。わたしは、はじめてだったので、おみこしづくりは、とてもたいへんでした。でも、みんなで、ちからをあわせてがんばったので、りっぱなおみこしができました。ひとりひとりがちからをあわせると「大きなおみこしも、できるんだなあ。」とおもいました。おとうさんとおかあさんのときは、江小まつりはなかったので、やっぱり、わたしは、むかしにうまれなくてよかったです。
わたしは、江小ひゃくねんのときに一ねんせいにはいれて、よかったです。


  わたしたちの学校       三年二組 R.A
わたしたちの通っている江別小学校は、今年の九月八日に百歳のたん生日をむかえました。百年とは、私のおばあちゃんのお母さんが生まれたころの事ですが、その時の学校はどんなだったのでしょうか。私は江別に来てから、まだ五年よりたっていないのでわかりませんが、おばあちゃんの話では、学校もまだまだ小さかったし、プールもなかったし、トイレも水せんでなかったということです。
「あのようにりっぱな学校になって今の子どもたちは、本当にしあわせだね。」
と言っていました。でも、今年は百年だから、タワシがけをしたり、記ねんの写真を何まいもとったりしたのでとてもつかれます。
私が、江別小学校をはじめて見た時、札ぽろのホテルで見た事のある赤い石でできていたので、「あっホテル見たい。」
と言うと、お父さんは
「あれは江別に土で作ったレンガをつかっているんだよ。」と教えてくれました。江別の土で出来ているなんて、すごくいい事だなと思いました。
私もこれから江別にずーっとすんで行くつもりなので、こんなれきしのある学校に通える事を、ほこりに思っています。

2010年12月9日木曜日

第2回「江別小学校を守る会」ご案内

2回「江別小学校を守る会」
ご案内
  代 表  今 野 裕 次
事務局  西 垣 剛 一
石 堂 了 正
筒 渕 裕 浩

 寒さ身にしむ候、皆様方におかれましてはますます御健勝のこととお慶び申し上げます。
さて、当会は1121日に第1回の会議を行い、この度の教育委員会から出された江別小学校と第三小学校の統合について議論されました。学区の問題や、現保護者からは現校舎への愛着心など、たくさんのご意見をいただきました。しかし、1124日に行われました『江別小学校・第三小学校地域協議会』では、種々の条件や付帯意見もありましたが、統合を容認する意見が多く聞かれました。その中で、私たち『江別小学校を守る会』が今後どう向き合っていくかが問われることになりました。
先日、「江別市都市景観賞」を受賞した江別小学校のレンガ校舎ですが、12月の江別市議会の一般質問において、この“レンガ校舎の耐震”や“レンガ校舎の保存”について取り上げられるようです。どのような答弁がなされるか注目しつつ、江別小学校を守るべき次のステップを議論していかなければなりません。
つきましては、年末の日曜日ではありますが、ご近所お誘い合わせの上、ご参集下さいますようお願い申し上げます。


月 日 : 平成221219日(日)

時 間 : 1830分 ~ 2050

場 所 : 廣間山 眞願寺 1階 大広間
       江別市78丁目6 (382-3125

議 題 : 1. 第6回地域協議会に向けて
      2. 会の運営と今後の活動について
      以上

2010年12月5日日曜日

「ボス」と慕われた教師

人気テレビドラマ「3年B組金八先生」の脚本家として知られる小山内美江子さんの著書のタイトルです。この本に登場する「ボス」とは江別小学校第二十三代校長小椋英史氏のことです。本書の中で、江別小学校における逸話も紹介されています。

小椋校長は1993年(平成5年)4月に江別小学校へ赴任し、1996年(平成8年)3月に定年退職されました。その後小山内美江子さんが代表を務めるNGO/NPO「JHP・学校をつくる会」でカンボジアでの学校づくりに参加し、定年後の「青春」をスタートさせ新たな生きがいを見出した矢先、1998年3月25日突然肺梗塞で亡くなります。現役教師時代は長年にわたり組合専従として激しい闘争に明け暮れ、現場復帰後は小中学校の教頭・校長を歴任しますが、タイトルにあるように、校長時代は職員室の机の上に「Please call me BOSS」三角名札を置き、「見る前に跳べ」「走ってから考えろ」を実践します。
小椋校長がカンボジアで急逝して間もなく、手掛けた学校が完成し「小椋トロケアット小学校」と名づけられ、校舎の壁には遺影と紹介文が飾れており、毎年3月にはお酒と花と線香が捧げられているそうです。

岩波書店 「ボス」と慕われた教師 : 
JHP・学校をつくる会 :