江別小学校から北へ直線距離で300mのところに、北陸銀行江別支店があります。
北陸銀行江別支店の歴史は古く、1919年(大正8年)開業の十二銀行札幌支店営業所までさかのぼります。1943年(昭和18年)の合併に伴い北陸銀行江別支店となり、1966年(昭和41年)に現在の場所に移転しました。当時の建物は、現在の江別市2条2丁目6に現存し、2001年(平成13年)には文化庁の登録有形文化財に指定されています。現在は「Old-e#」という喫茶店として使用されています。
江別市の発展とともに、歴史を歩んできた北陸銀行江別支店も、避難場所として江別小学校が指定されています。
少子化問題になんら解決策を見出せないまま、全国・全道的に公立学校の統廃合が進み「母校がなくなる」状況が数多く見受けられます。江別市も例外ではなく、昨年来より江別小学校と江別第三小学校の統合問題が地域協議会で議論され、統合の方向で結論が出されました。私たちは、江別小学校を現在の「萩ヶ岡」に学校機能として残していただきたく、活動しております。 江別小学校を愛する皆さまとのコミュニティの場として開設しております。 北海道江別市にある、開校126年の江別市立江別小学校。その風格あるレンガ校舎は、レンガのまち江別の象徴として地域に親しまれています。
2010年3月20日土曜日
2010年3月19日金曜日
今日は江別小学校の卒業式でした
江別小学校、第111回卒業証書授与式が行われました。男子16名、女子10名の26名の児童が卒業を迎えました。6年間過ごしたレンガ校舎ともお別れです。
ほとんどの子どもたちが江別第一中学校へ進学することになります。先日卒業式を迎えた先輩たちのように、江別小学校の卒業生であることに誇りを持って、中学校生活を送ってほしいと思います。
2010年3月16日火曜日
江別小学校の周辺環境 2
江別小学校体育館の南側には萩ケ岡児童センターがあります。放課後の児童生徒の保護施設として重要な役割を果たしています。
また、児童センターの奥にある建物は、江別市の教職員アパートです。江別小学校の子どもたちは、学校生活の安全性の面では、比較的恵まれた環境にあるといえるのではないでしょうか。
2010年3月14日日曜日
江別小学校の周辺環境 1
江別小学校の体育館入口の向かいに、屯田兵第三大隊本部火薬庫があります。
1887年(明治20年)現江別小学校の地に屯田兵第三大隊本部が置かれました。その付属施設として1886年(明治19年)に建てられたと推定されています。その後1899年(明治32年)、江別小学校の前身である江別尋常高等小学校が開校した際に泰安殿として戦後まで使用され、1952年(昭和27年)の校舎改築の際に現在地に移設されました。建築面積約15平方メートル(4.5坪)の建物は、江別では珍しい瓦葺切妻屋根をもち、江別市最古のレンガ建造物として、1971年(昭和46年)8月12日に江別市指定文化財に指定されています。使用されたレンガは、ところどころに「S」の刻印が見受けられることから、白石の鈴木煉瓦製と言われています。
1887年(明治20年)現江別小学校の地に屯田兵第三大隊本部が置かれました。その付属施設として1886年(明治19年)に建てられたと推定されています。その後1899年(明治32年)、江別小学校の前身である江別尋常高等小学校が開校した際に泰安殿として戦後まで使用され、1952年(昭和27年)の校舎改築の際に現在地に移設されました。建築面積約15平方メートル(4.5坪)の建物は、江別では珍しい瓦葺切妻屋根をもち、江別市最古のレンガ建造物として、1971年(昭和46年)8月12日に江別市指定文化財に指定されています。使用されたレンガは、ところどころに「S」の刻印が見受けられることから、白石の鈴木煉瓦製と言われています。
2010年3月13日土曜日
江別市におけるレンガ校舎の歴史的価値
12日に開かれた江別市議会の一般質問において、三好昇江別市長は、伊藤豪議員の質問に答えるかたちで、市内小中学校のレンガ校舎の保存には、コストなどの面から否定的な見解を示し、文化財の指定についても同様に「難しい」と述べたと、3月13日付け北海道新聞朝刊の28面江別版で伝えています。
ちなみに、度々ご紹介しております芦別市の星槎大学(旧頼城小学校)は、文化庁の登録有形文化財に指定されております。
2010年3月12日金曜日
今日は江別第一中学校の卒業式でした
江別小学校の卒業生の大半が進学する江別市立江別第一中学校。第63回卒業証書授与式が行われました。217名の卒業生が巣立っていきました。217名のうち江別小学校出身の卒業生はわずか35名(16%)しかおりませんが、3年間の中学校生活ですっかりたくましくなり、堂々と卒業証書を受け取っておりました。
2010年3月10日水曜日
学校が地域に果たす役割 1
先日(2月27日)の会合でも話題になりましたが、学校は地域の人達にとって、災害時の避難所という側面を持っています。江別市の防災あんしんマップを見ると、寺院なども避難場所に指定されていますが、宗教上の理由から敬遠される方もいらっしゃると思います。
公共施設の中でも、特に江別小学校は萩ケ岡とういう高台にあるため、心理的にも、地域の人達にとっては、避難所としての役割は大きいものと思われます。
以前ご紹介いたしました芦別市の星槎大学(旧頼城小学校)も避難所に指定されていました。
公共施設の中でも、特に江別小学校は萩ケ岡とういう高台にあるため、心理的にも、地域の人達にとっては、避難所としての役割は大きいものと思われます。
以前ご紹介いたしました芦別市の星槎大学(旧頼城小学校)も避難所に指定されていました。
2010年3月6日土曜日
2010年3月5日金曜日
江別小学校が「ユベオツの風」に紹介されています
平成22年3月5日発行の「ユベオツの風」に、江別小学校ニューイヤーフェスティバルが紹介されています。同校PTAが主催し、1月31日に行われたもので、江別スノーモービル愛好会をはじめ江別ロータリークラブ、おやじの会などの地域の方々のお手伝いのもと、スノーモービル乗車体験や雪中ゲームなどが行われ、グラウンドいっぱいに子どもたちの歓声が響きわたりました。お昼には江別産のお米や食材を使用し、お母さん方が調理したおにぎりと豚汁が振舞われました。天候にも恵まれ、参加された多くの方々にとって、楽しいひとときとなりました。
当日の様子を江別小学校HPより
当日の様子を江別小学校HPより
2010年3月1日月曜日
江別小学校レンガ校舎の設計者
戦後、江別市は地場産業育成のため、公共施設の建築にレンガを積極的に採用してきました。その初期の設計の多くは、北海道大学建築工学科の大野和男先生によるものだそうです。特に江別第一中学校の扇型校舎は、文部省のモデル校舎に指定されており、大野先生による研究報告書が残されております。しかし、当会では江別小学校の校舎のことまでは確認できておりません。おそらく大野先生の設計で間違いないかと思いますが、何か情報をお持ちの方はお寄せください。よろしくお願いいたします。
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