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2010年12月23日木曜日

開校百年記念誌 2

先日に引き続き、開校百年記念誌“百年と子ども子-百年に思う-”から子どもたちの作文を紹介いたします。

  ひゃくねんのおいわい      一ねん三くみ H.H
おとうさんは、えべつでうまれて、えべつしょうがっこうをそつぎょうしました。しんだおじいちゃんもえべつしょうがっこうをそつぎょうしたと、おとうさんにききました。おにいちゃんもそつぎょうして、いまは、ちゅうがく三ねんせいです。おねえちゃんは、えべつしょうがっこうの三ねんせいです。おかあさんだけ、えべつしょうがっこうでは、ありません。えべつしょうがっこうは、ひゃくさいのおばあさんみたいだと、おもいます。えべつしょうがっこうは、いつまでも、いつまでも、あったほうがいいとおもいます。

  開校百年に思う        四年二組 S.A
石かり平野のまん中にできた江別小学校が、もう、百年になりました。ぼくの年の十倍もの長い間、何人そつぎょうしたのだろうか、ぼくのお母さんもそつぎょう生の一人です。お母さんが小学校にいるころは、給食もなく、プールもありませんでした。だから、川で泳いで、とてもさむかったとおもいます。でも、今は、プールにうわやねがついてあたたかいです。そして給食もあります。どうしてむかしと今はちがうのかふしぎだと思いました。江小のじまんは、レンガのこうしゃと、とけいとうです。そして、開校百年になったということです。ぼくの江小へのねがいは二百年も三百年もいきのびてほしいことです。ぼくがこの学校に入学して思ったことは、ずいぶん古いなあということです。でも、今は、もう百年もたっているんだぞとみんなにいばれえます。そんな江別小学校で勉強できることがうれしいです。

2010年12月16日木曜日

開校百年記念誌 1

江別小学校は今年で開校124年になります。今から24年前の1986年(昭和61年)、開校100年を迎えたときの記念誌です。さすがに100年記念誌ともなると内容も充実しており、詳しい学校沿革や児童の寄稿も数多く掲載され、当時の隆盛を感じることができます。そのなかから、子どもたちの作文をいくつか紹介したいと思います。
 

  江小に はいって       一ねん二くみ Y.T
わたしは、いま、江小に、かよっています。
いまから、三十ねんくらいまえ、わたしの、おとうさんとおかあさんも、江小に、かよっていました。そのころも、いまとおなじ、あかいレンガのたてもので、いまとおなじ、ところに、たっていたそうです。そのころから、とけいだいのとけいは、いまとおなじように、くるっていたそうです。そのはなしをきいて、なんだかおかしいはなしだと、おもいました。でも、ことし、なおすことになったので、おかあさんもわたしも、うれしかったです。
わたしは、うんどうかいが、だいすきです。江小ひゃくねんの、うんどうかいは、たのしかったです。きょねんまでは、いとこのうんどうかいを、みにきていました。だけどことしは、じぶんがでれたので、うれしかったです。おとうさんとおかあさんのときは、せんせいも、せいとも、いまの二ばいくらいいてグランドは、ひとで、ひとで、いっぱいで、じんじゃ山の上でみていたひとは、山からころげおちそうなくらいだったそうです。わたしは、そのはなしをきいてびっくりしました。どうしてかというと、わたしのうんどうかいのときは、じんじゃ山からみているひとは、あまりいなかったからです。だからわたしは、しんじられませんでした。また、そのころは、うんどうかいは、たびをはいてはしっていたそうです。だからおひるまえは、まだ、たびはやぶれていなかったけど、おひるからは、ボロボロにやぶれて、あしのゆびは、とびでてしまうけど、そのままさいごまではしったそうです。わたしだったら、いたくてないてしまうとおもいます。だから、むかしのひとたちは、「つよいんだなあ。」と、おもいました。いまは、うんどうぐつやくつしたがあるので、よかったです。もし、わたしたちもたびだったら、わたしは、うんどうかいにでたくないとおもいました。むかしにうまれなくてよかったです。
九月に、江小まつりがありました。わたしは、はじめてだったので、おみこしづくりは、とてもたいへんでした。でも、みんなで、ちからをあわせてがんばったので、りっぱなおみこしができました。ひとりひとりがちからをあわせると「大きなおみこしも、できるんだなあ。」とおもいました。おとうさんとおかあさんのときは、江小まつりはなかったので、やっぱり、わたしは、むかしにうまれなくてよかったです。
わたしは、江小ひゃくねんのときに一ねんせいにはいれて、よかったです。


  わたしたちの学校       三年二組 R.A
わたしたちの通っている江別小学校は、今年の九月八日に百歳のたん生日をむかえました。百年とは、私のおばあちゃんのお母さんが生まれたころの事ですが、その時の学校はどんなだったのでしょうか。私は江別に来てから、まだ五年よりたっていないのでわかりませんが、おばあちゃんの話では、学校もまだまだ小さかったし、プールもなかったし、トイレも水せんでなかったということです。
「あのようにりっぱな学校になって今の子どもたちは、本当にしあわせだね。」
と言っていました。でも、今年は百年だから、タワシがけをしたり、記ねんの写真を何まいもとったりしたのでとてもつかれます。
私が、江別小学校をはじめて見た時、札ぽろのホテルで見た事のある赤い石でできていたので、「あっホテル見たい。」
と言うと、お父さんは
「あれは江別に土で作ったレンガをつかっているんだよ。」と教えてくれました。江別の土で出来ているなんて、すごくいい事だなと思いました。
私もこれから江別にずーっとすんで行くつもりなので、こんなれきしのある学校に通える事を、ほこりに思っています。

2010年12月5日日曜日

「ボス」と慕われた教師

人気テレビドラマ「3年B組金八先生」の脚本家として知られる小山内美江子さんの著書のタイトルです。この本に登場する「ボス」とは江別小学校第二十三代校長小椋英史氏のことです。本書の中で、江別小学校における逸話も紹介されています。

小椋校長は1993年(平成5年)4月に江別小学校へ赴任し、1996年(平成8年)3月に定年退職されました。その後小山内美江子さんが代表を務めるNGO/NPO「JHP・学校をつくる会」でカンボジアでの学校づくりに参加し、定年後の「青春」をスタートさせ新たな生きがいを見出した矢先、1998年3月25日突然肺梗塞で亡くなります。現役教師時代は長年にわたり組合専従として激しい闘争に明け暮れ、現場復帰後は小中学校の教頭・校長を歴任しますが、タイトルにあるように、校長時代は職員室の机の上に「Please call me BOSS」三角名札を置き、「見る前に跳べ」「走ってから考えろ」を実践します。
小椋校長がカンボジアで急逝して間もなく、手掛けた学校が完成し「小椋トロケアット小学校」と名づけられ、校舎の壁には遺影と紹介文が飾れており、毎年3月にはお酒と花と線香が捧げられているそうです。

岩波書店 「ボス」と慕われた教師 : 
JHP・学校をつくる会 : 

2010年11月30日火曜日

江別小学校歴代校長

校長室の入口の廊下に歴代校長の肖像が飾られています。江別小学校を訪れた方はどなたでも見ることができます。開校以来124年の歴史ある小学校ですから、現在の渡部敏雄校長が第二十九代江別小学校校長となります。また、第二十七代校長月田健二氏は現在の江別市教育長で、月田校長のときに開校120年を迎えています。以下、写真にある歴代校長を掲載いたします。

第一代校長 川島隆士 氏 (明治28年~32年)
第二代校長 本荘道規 氏 (明治32年~33年)
第三代校長 簗瀬勝吾 氏 (明治33年~34年5月)
第四・五代校長 滝沢亀次郎 (明治34年6月~43年)
第六代校長 小田代辰六 氏 (明治43年~大正11年)
第七代校長 梨羽癸未人 氏 (大正11年~昭和3年)
第八代校長 高橋李雄 氏 (昭和3年~22年)
第九代校長 美勢由男 氏 (昭和22年~28年)
第十代校長 井村為次 氏 (昭和28年~32年)
第十一代校長 小笠原常一 氏 (昭和32年~36年)
第十二代校長 香取正一 氏 (昭和36年~41年)
第十三代校長 花山輝敏 氏 (昭和41年~43年)
第十四代校長 酒井洋 氏 (昭和43年~46年)
第十五代校長 島倉充平 氏 (昭和46年~48年)
第十六代校長 笹川久 氏 (昭和48年~53年)
第十七代校長 笹光夫 氏 (昭和53年~56年)
第十八代校長 石山美冶 氏 (昭和56年~60年)
第十九代校長 櫻井孝一郎 氏 (昭和60年~62年)
第二十代校長 千葉福男 氏 (昭和62年~平成元年)
第二十一代校長 石塚寿雄 氏 (平成元年4月~3年3月)
第二十二代校長 高橋亮 氏 (平成3年4月~5年3月)
第二十三代校長 小椋英史 氏 (平成5年4月~8年3月)
第二十四代校長 井上博康 氏 (平成8年4月~12年3月)
第二十五代校長 守田勝榮 氏 (平成12年4月~15年3月)
第二十六代校長 浅見晴宣 氏 (平成15年4月~17年3月)
第二十七代校長 月田健二 氏 (平成17年4月~19年3月)
第二十八代校長 住友俊郎 氏 (平成19年4月~22年3月)

江別市ホームページ「広報えべつ」より、以下もご覧ください。
熱血校長の悲しみ-小田代辰六略伝- (上)
熱血校長の悲しみ-小田代辰六略伝- (下)


2010年9月8日水曜日

江別小学校開校記念日

今日9月8日は江別小学校の開校記念日です。1899年(明治32年)9月8日江別小学校の前身である江別尋常高等小学校が、現在地である萩ケ岡に設立されました。1886年(明治19年)設立の江東小学校から数えて124年、萩ケ岡に移転してから111年が経ちました。子どもたちにとっては休日となり嬉しい一日となりました。

さらに、今日から三日間は江別小学校の隣にある江別神社の例祭です。江別市中央公民館(コミュニティセンター)周辺には露店が並び、普段は物静かな界隈が賑わう三日間となり、江小の子どもたちにとっては”開校記念日はお祭り”ということで、毎年の楽しみとなっています。

2010年8月21日土曜日

大時計設置期成会

江別小学校のレンガ校舎で特徴的なのは、やはり時計塔でしょう。1953年(昭和28年)の第二期校舎建築工事において、11月30日に落成しました。

落成当時は建物のみで、時計が設置されておらず、「大時計設置期成会」を組織し、一般に寄付を募って設置されたようです。

現在も、江別小学校職員室前の廊下の壁に「大時計設置寄付御芳名」が飾られ、当時の記録を今に伝えています。

寄付は287口、総額\793,750を集め、1961年(昭和36年)1月1日に完成と記録があります。たくさんの方々のご厚意により、街を望む高台に建つレンガ校舎の大時計は、今なお時を刻み続け地域の方々に親しまれています。

2010年8月9日月曜日

江別小学校の校歌

1名もかぐわしき 萩が丘なる
学びの庭は 清きところ
朝な夕なに 手をとりあいて
正しく強く 育たんわれら
2雪を集めて 書読みたりし
古人の あとを慕いて
つけししるしは さんと輝き
たゆまず業に つとめんわれら
3瑞穂はるけき 石狩平野
楽し春秋 おくり迎えて
鍛えゆく身の 喜びつきず
希望にもえて 進まんわれら

江別小学校の校歌です。1933年(昭和8年)5月27日校旗とともに制定されました。小学校の校歌ほど記憶に残るものはないでしょう。なにせ6年間にわたって歌われるわけですから。それゆえに学校の歴史に比例して存在意義をましていきます。

「第82回卒業記念共同製作 昭和56年3月」と誇らしげに、29年経った現在も色褪せることなく体育館に飾られています。

2010年6月8日火曜日

江別小学校の”あけぼの”像

江別小学校の前庭には白い人魚の親子をかたどったと思われる像があります。台座の正面に”あけぼの”と、裏面には”製作 竹中敏洋”、”寄贈 高島五作”、”一九六四年十月建立”と彫られています。

1964年(昭和39年)10月8日市制施行10周年記念行事の一つとして除幕式が行われました。江別市総務部「新 江別市史」本編561頁に、”記念式典は、一〇月四日、江別小学校体育館で行われた。出席者は市内外の関係者約五〇〇人。まず江別の礎を築いた先人の霊に対して一分間の黙祷。そののち、松川市長が式辞を述べた。つづいて、江別で最初の名誉市民となった町村敬貴へ称号の贈与、当年度市政功労者八人の表彰、市政一〇周年にあたり岩田敏子ら功労者二三人に表彰及び感謝状が贈呈された。つづいて来賓からの祝辞があり、式典後、祝賀会が開催された。”とあります。

江別市の発展の歴史の影で、江別小学校が本来の教育施設の機能とは別に、コミュニティの場として地域に果たしてきた役割が大きかったことがうかがえます。

2010年5月9日日曜日

江別小学校の門柱

江別小学校の正面のには石積みの階段があり、そこを登りきったところに門柱があります。道路側から江別小学校を見上げると、真っ先に目に入る白いコンクリート造りの門柱です。いわゆる”校門”のイメージとは違いますが、江別小学校のシンボルの一つです。風化し、角が欠けているのが残念ではありますが、レンガ校舎の赤茶色とのコントラストが、門柱の存在感を際立たせています。

中央に刻まれている文字は「市立江別小学校」で、町村信孝衆議院議員の実父、町村金五氏によるものです。”市立”とありますので、江別小学校現校舎新築の第3期工事が完了したのが市制施行の翌年、1955年(昭和30年)に建立されたものと考えられます。町村金五氏が北海道知事に当選したのが1959年(昭和34年)ですので、氏が衆議院議員時代に書かれたものなのでしょうか。

2010年5月2日日曜日

江別小学校開校百年記念碑

1986年(昭和61年)10月、江別小学校は1886年(明治19年)開校の江東小学校から数えて開校100周年を迎えました。その記念事業の一環として前庭に記念碑が建立されました。

おそらく、江別小学校の校章をモチーフにデザインされたと思われる六角形の記念碑は、タイムカプセルの機能をを兼ねています。2016年10月26日開封と刻印ありますので、建立から30年後の開校130周年の記念事業で開封することになります。

ここで疑問が頭に浮かびます。タイムカプセル開封後はこの記念碑をどうするのでしょうか。また30年後へ向けて、”タイムカプセル開封 2046年10月26日”の刻印とともに、新たなタイムカプセルとして再利用してはいかがでしょうか。みなさんどう思われますか。

2010年4月5日月曜日

築山

江別小学校のグラウンドの隅に、小高くもられた築山があります。2003年(平成16年)に施工され、江別小学校の卒業生でもあります とがし小児科医院(江別市野幌松並町25-2)の富樫要先生により寄贈されたものです。
江別小学校のグラウンドで、子どもたちは真っ先にこの築山に駆け登っていきます。夏冬問わず、子どもは高いところが大好きです。運動会の時には得点板が掲示され、冬はスキーの練習にと、学校生活に欠かせないものとなっています。
写真にもありますように、冨樫先生は昭和32年の卒業ですから、ちょうど現在のレンガ校舎が建てられた時期に、江別小学校に通われています。このレンガ校舎には、50年を超える歴史の中で、多くの人たちの思い出が刻まれ、今もなお愛され続けています。