2010年7月7日水曜日

萩ケ岡遺跡

1981年(昭和56年)の江別市水道庁舎建設に時に、大量の縄文土器が発見されたことは2010年3月24日投稿の「江別小学校の周辺環境 4」の中でも触れていますが、江別神社にお伺いした折、史跡との表示を見かけたのでご紹介いたします。

江別市教育委員会編「江別の遺跡をめぐる」8頁に以下のようにあります。
萩ケ岡遺跡では、市水道庁舎などの建設に伴い、昭和56年から3年間にわたって発掘調査を実施しました。調査の結果、丘の斜面に25万点におよぶ大量の土器がまとまって発見されました。土器が発見された斜面には焼土が何層も堆積していました。この場所では、土器の廃棄に伴う何らかの祀りごとのために火を焚いたと考えられます。大量に発見された土器のほとんどは縄文時代中期に作られたもので、当時の土器型式の移り変わりを解明する重要な資料です。この土器型式は「萩ケ岡式」と命名され、道央部における縄文時代中期後半の指標になっています。
江別市には、萩ケ岡遺跡以外にもたくさんの遺跡があります。そして発掘された文化財は、江別市郷土資料館江別市緑町西1丁目38)を始め、北海道埋蔵文化財センター江別市西野幌685番地1)など身近な施設に展示されています。先人たちはどのような暮らしをし、私たちが住むこの街を築いてきたのか、貴重な文化遺産に触れることで、混迷を深める現代社会において、新たな未来を見つけるヒントになるかもしれません。皆さんも足を運んでみてはいかがでしょうか。

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