2010年7月30日金曜日

「親子で一緒に学校でキャンプ」2日目

7月25日の「親子で一緒に学校でキャンプ」2日目は6:00に起床してラジオ体操からはじまります。朝食はホットドックです。

みんなで手分けしてロールパンにソーセージやレタスをはさみ、アルミホイルに包んで炭火で軽く焼きます。子どもたちもちゃんとお手伝いしています。

大人たちの朝は一杯のコーヒーから。特にキャンプで飲むコーヒーはどうしてあんなにおいしいのでしょうか?”おやじ”たちは道具にもこだわります。定番はパーコレータでしょうが、人数が多いためドリップです。

2日目はすっかり天候も回復し青空が広がりました。子どもたちはグラウンドに出てレクリエーション。学生ボランティアとお母さん方の指導のもと、ボールを使ったゲームなど、疲れを感じさせず元気に走り回っていました。

楽しかったキャンプもいよいよ終わりです。閉会式が体育館で行われました。子どもたちからカレーライスが美味しかったこと、夜の学校探検が楽しかったこと、それぞれ2日間の感想を述べてもらったあと、校長先生やおやじの会会長さんのお話など、おやじたちの話を真剣に聞く姿には感心します。

今回の「親子で一緒に学校でキャンプ」には6年生が多く参加していました。6年生にとっては小学校生活最後の夏休みの思い出となるのはもちろんですが、他の学年の子どもたちにとってもこのメンバーで過ごす時間は二度と訪れません。ここで出会ったみんなに、そして楽しい思い出ができた学校や体育館、グラウンドに”ありがとう”の言葉で閉会式が終わりました。最後にお菓子のプレゼントをもらって解散です。休日にもかかわらずお手伝いいただいた先生方、学生ボランティアの皆さん、おやじの会のお父さんお母さんや地域の方々、大変お疲れ様でした。

2010年7月25日日曜日

「親子で一緒に学校でキャンプ」1日目

江別小学校には「おやじの会」があります。今年も夏休み最初の週末である7月24日から、おやじの会主催「親子で一緒に学校でキャンプ」が行われました。あいにくの雨模様でテントは体育館に張ることになりましたが、参加した30名の子供たちは大はしゃぎです。

最初のレクリエーションは、親子でペットボトルロケットを作りました。タイミングよく出来上がりとともに晴れてきたので、校庭で飛ばしてみることになりました。

勢い良く飛び出すロケットに、子どもたちの歓声がグラウンドに広がります。なかなかの力作で、50m以上飛ばす子もいました。

夕食はキャンプの定番カレーライスです。

炭火を使って飯盒でご飯を炊き、普段ほとんど使うことのない包丁で野菜を刻む子どもたち。

自分たちで作る食事の味は格別です。

夕食のあとはキャンプファイヤー。雨が上がったとはいえグラウンドは濡れているため、残念ながら体育館での開催となりました。雰囲気だけの焚き火でしたが歌やゲームを楽しみました。また、暗い校舎内を懐中電灯だけで探検にでかけました。特に夜の時計塔は雰囲気満点で、子どもたちの興奮状態も絶頂です。ですが、就寝時間を過ぎても騒ぐことなく静かに眠りにつきました。

2010年7月19日月曜日

第2回地域協議会が開かれました

7月15日(木)第2回 江別小学校・江別第三小学校適正配置地域協議会が開かれました。5月に行われた第1回と同様、当会事務局でもある江別小学校おやじの会会長 石堂了正と、江別第二自治会青少年育成部長 筒渕裕浩が参加いたしました。詳細は後日、「協議会だより」として江別市教育委員会のホームページに掲載予定とのことですので、そちらをお持ちいただくといたしまして、概略をご報告いたします。まず、今回も欠席者が3名おりましたので、15名の出席でした。主な内容は以下です。

(1)規約(案)について
(2)子どもにとってよりよい教育環境とは ~内田委員の私案の検討~
(3)協議会だより及びホームページについて
(4)次回の議題について
(5)次回の開催日程について

以上の中で、(1)については協議会設置の目的をより具体的に規約に盛り込み、正式名称を「江別小学校・江別第三小学校適正配置地域協議会」とすることとなりました。今回の大きな議題は(2)で、多くの時間を費やし検討いたしました。概ね総論では内田私案に賛成でも、理想の学校像を語る前に、そもそも統合するか否かを先に議論すべきとの意見が多く出されました。(3)については「江北中学校協議会だより」と同様の内容で配布・公開をすることで決まりました。(4)次回の議題は、今回の内田私案の議論の中で触れられた少人数学級や両校の地盤強度などの資料を用意してさらなる具体的な議論をする事になりました。(5)の次回開催は8月下旬から9月上旬で日程調整することで合意いたしました。

2010年7月14日水曜日

ふれあいの滝

3月24日投稿の「江別小学校の周辺環境 4」でもご紹介いたしました”ふれあいの滝”ですが、3月はまだ残雪があり、噴水も出ていない写真でしたので、あらためてご紹介いたします。

JR江別駅を背に降り立つと、正面に見える三角公園にふれあいは滝があります。噴水といっていいのかわかりませんが、上部にあしらわれた縄文土器のレプリカから、水が滝のように流れ落ちるデザインになっています。

縄文式土器この縄文土器のレプリカは、よく見るとひとつずつデザインが異なる事に気づきます。

江別市水道庁舎が建つ萩ケ岡には古くから水が湧き、水源として利用されてきたこと、また庁舎建設時に25万点に及ぶ大量の縄文土器が発見され、近代のレンガ産業のみならず、太古から江別の土がやきものに適していたことがうかがえます。

江別市水道庁舎の落成を記念して造られたモニュメントとして、何気ないデザインの中にこの地が歩んできた歴史が散りばめられています。

2010年7月11日日曜日

えべつ やきもの市 2日目

7月10日と11日に開催されている「えべつ やきもの市」には、例年、江別小学校の5,6年生が参加しています。

5月中旬より総合学習の中で陶芸体験教室に参加し、子どもたちが自由にデザインした作品をつくり上げていきます。時間をかけて出来上がった作品をいよいよ発表する場がこの「えべつ やきもの市」です。

子どもたちの力作は江別市中央公民館(コミュニティセンター)に展示されています。大人顔負けの作品もあり、私たちを楽しませてくれます。

江別小学校の陶芸体験教室もすでに10年ぐらい続けられており、また、さらに今年は初日の”レンガドミノ”にも挑戦しました。「えべつ やきもの市」そのものが地域に根ざしたイベントとして定着してきています。

2010年7月10日土曜日

えべつ やきもの市 1日目

今日7月10日と明日11日は「第21回 えべつやきもの市」が開催されています。時々小雨がぱらつく天候ですが、大勢の方が来られています。普段は人通りの少ない江別駅前も今日ばかりは賑やかです。

レンガの街江別市は陶芸も盛んです。この二日間は市内はもちろん、道内各地より370店の出店があり、例年10万人前後の来場があります。江別市でも有数の夏のイベントとなっております。

中央公民館(コミュニティセンター)駐車場では飲食店も軒を連ね、焼き鳥や焼きそばなどのいわゆる”やきもの”から、地元産のお土産品まで楽しめるようになっています。

2010年7月7日水曜日

萩ケ岡遺跡

1981年(昭和56年)の江別市水道庁舎建設に時に、大量の縄文土器が発見されたことは2010年3月24日投稿の「江別小学校の周辺環境 4」の中でも触れていますが、江別神社にお伺いした折、史跡との表示を見かけたのでご紹介いたします。

江別市教育委員会編「江別の遺跡をめぐる」8頁に以下のようにあります。
萩ケ岡遺跡では、市水道庁舎などの建設に伴い、昭和56年から3年間にわたって発掘調査を実施しました。調査の結果、丘の斜面に25万点におよぶ大量の土器がまとまって発見されました。土器が発見された斜面には焼土が何層も堆積していました。この場所では、土器の廃棄に伴う何らかの祀りごとのために火を焚いたと考えられます。大量に発見された土器のほとんどは縄文時代中期に作られたもので、当時の土器型式の移り変わりを解明する重要な資料です。この土器型式は「萩ケ岡式」と命名され、道央部における縄文時代中期後半の指標になっています。
江別市には、萩ケ岡遺跡以外にもたくさんの遺跡があります。そして発掘された文化財は、江別市郷土資料館江別市緑町西1丁目38)を始め、北海道埋蔵文化財センター江別市西野幌685番地1)など身近な施設に展示されています。先人たちはどのような暮らしをし、私たちが住むこの街を築いてきたのか、貴重な文化遺産に触れることで、混迷を深める現代社会において、新たな未来を見つけるヒントになるかもしれません。皆さんも足を運んでみてはいかがでしょうか。

2010年7月4日日曜日

和光の池

江別神社の第一鳥居のそばに、「和光の池」と彫られた石碑があります。

詳細は不明ですが、側面に”紀元貳千六百年記念”とありますので、1940年(昭和15年)前後に建立されたものと推測されます。

江別小学校や江別神社がある萩ケ岡は「神社山」とも呼ばれ、支笏火山灰が堆積した”古砂丘”です。江別市教育委員会編「江別の遺跡をめぐる」30頁と11頁に以下のようにあります。
砂丘というと、代表的な鳥取砂丘のように海岸に発達したものを思い浮かべる人が多いと思います。海のない江別でなぜ砂丘が?と不思議に思われるかもしれません。砂丘といっても野幌丘陵を形成している支笏火山灰がさらに風などにより山のように積もってできた丘を古砂丘と呼んでいます。
「神社山」からきれいな水が湧くことは古くから知られており、江別駅周辺で住む人の大切な水源でした。この場に井戸を掘り、水を引き込むための樋も設置されました。水道庁舎は、水に縁の深いところに建てられたのです。
昔は「神社山」 に池があったという話を聞いたことがあります。その池を「和光の池」と呼んでいたのでしょうか。

いずれにしても、この地に水が湧き、昭和30年代まで水源として利用されてきたことは事実です。江別市水道庁舎前にも、モニュメントがあります。